今回は、幕末に築かれた稜堡式城郭、長野県佐久市の龍岡城に行って参りました。
龍岡城の概要
三河奥殿藩主、松平乗謨が、信濃田野口への本領移転と陣屋新築の許可を得て、元治元年(1864)に建築を開始しました。乗謨は西洋軍学に関心を持ち、新たな陣屋として砲撃戦を想定した稜堡式城郭を設計しました。

稜堡式城郭と言えば、函館の五稜郭だよね。

五つの稜が突き出している星形の西洋式城郭は、日本に二つしかないんだ。
龍岡城の外では石垣が見える
JR小海線の臼田駅から徒歩で20分ほど歩きました。その城は、長野のとてものどかな場所にあります。

とてもすがすがしい気分でした。
龍岡城に着いて、まずは稜堡の石垣が目に入りました。

石垣は切込接の布積と亀甲積が用いられています。
- 切込接……石材を徹底的に加工し、その隙間をなくした石垣
- 布積……石材を横方向に据え、横目地が通るよう積み揃えた積み方
- 亀甲積……六角形に石を積んだ積み方
近くに続100名城スタンプが置いてある五稜郭であいの館という施設がありました。

龍岡城の資料が展示されており、歴史を知ることができました。それでは、城に入っていきます。
星形の龍岡城の城内
大手門跡から入っていきます。

大手門跡近くには大給恒の像がありました。

彼が、築城者の松平乗謨です。日本赤十字社の創設者の一人です。
城内に入ると、珍しい光景が広がっています。そこは、小学校でした。

田口小学校という学校で、龍岡城内に位置しています。

この小学校は、2023年3月31日に閉校してしまったんだ。

当時の小学生がグラウンドで遊んでいる姿が想像できるね。
城内にはお台所が残ってありました。

唯一の現存建築物です。場所は本来あった位置より西に移動しています。
最後に、五稜郭を上から見に、展望台がある田口城跡へ……と思いましたが、「台風19号被害で、土砂崩れの恐れあり!」ということで登山禁止でした。
日本に二つしかない星形の西洋式城郭に行けて良かったです。
参考:公益財団法人 日本城郭協会,(2018),『続100名城公式ガイドブック』,学研プラス



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