今回は、大阪包囲網のため天下普請で築かれた兵庫県丹波篠山市の篠山城に行って参りました。
篠山城の概要
この城は、徳川家康が大阪城の豊臣氏への備えとして築いた城です。普請総奉行は池田輝政、縄張は藤堂高虎が担い、20人の西国大名を動員する大規模な天下普請でした。

名だたる大名を召集して築いた城なんだ!

その通り。約200日という短期間ながら、完成度の高さは想像以上だったそうだよ!
青山歴史村
まず、青山歴史村に行きました。

そこは、篠山藩関係の資料を中心に篠山城の絵図なども展示されています。中には丹波篠山デカンショ館もあり、夏に開催される盆踊りであるデカンショなど、丹波篠山の文化を知ることもできました。デカンショという言葉は初めて聞きましたが、面白い資料館でした。入館料は、2023年現在、大人300円、高校・大学生200円、少・中学生100円です。それでは、篠山城に入っていきます。
名だたる大名を召集して築いた篠山城
大手門跡から北外堀を渡り、三の丸に入りました。三の丸から二の丸に入っていきます。

中に入っていくと、大書院の入り口にあたります。まず、大書院に入りました。

大書院は饗応、儀式の場に使われた建物です。平成12年に二の丸北側に再建されました。中では、篠山城関係の史料が展示されていました。また、再建された御殿の内部も見ごたえがありました。入館料は、2023年現在、大人400円、高校・大学生200円、少・中学生100円で、青山歴史村などの歴史4館共通入館券もあり、お得でした。
大書院を出て、二の丸に出ました。

大書院の手前には付属する建物群の跡が平面表示されています。どの位置にどのような建物があるかなどをイメージできました。
二の丸を進むと、本丸に着きます。

本丸には青山神社があり、天守台にも上れました。あまり高くないので景色はそこまでに良くありませんが、丹波篠山市内を見渡すことはできました。
埋門跡を通り、三の丸の南に下りました。埋門跡には様々な刻印石があり、面白かったです。
刻印……石材の所有者を示すためなどに家紋や符号を刻んだもの。
埋門跡の隅石には「三佐之内」の人名が刻まれた石もありました。

これは普請総奉行を務めた池田三佐衛門輝政の名を記したものと言われています。
三の丸の南に下りると、天守台が見えます。

築城当初から高さ17メートルの高石垣で築かれていましたが、天守自体は建てられませんでした。

なぜ天守は建てられなかったの?

想像以上に強固な城となったため、豊臣氏を刺激しないように徳川家康が「あえて作らせなかった」と言われているよ。
三の丸から出て、南外堀を見ました。

幅の広い外堀は堅固な虎口との相乗効果で防御力を高めていました。
虎口……城の出入り口
堀の外側には南馬出という角馬出がありました。

- 馬出……虎口の前面(外側)に設けられた、攻撃の拠点となる小規模な曲輪(城の平坦面を持つ一区画)
- 角馬出……四角い形の馬出
外側から見るとこんな感じです。

城の入り口が堅く守られていることがわかりますね。
天下普請により築かれた堅城に行けて良かったです。
参考:公益財団法人 日本城郭協会,(2018),『日本100名城に行こう』,学研プラス. 大野信長,有沢重雄,加唐亜紀,(2018),『日本の城1000城』,西東社.



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