浜松城 家康が武田氏に備えた遠江の拠点

浜松城 天守 北陸・東海

今回は、家康のとおとうみ進出の拠点、静岡県浜松はままつ市の浜松はままつじょうに行って参りました。

浜松城の概要

今川氏のひく城を、徳川家康が計略して落とし、武田氏の侵攻に備えて岡崎城から本拠地を移しました。家康はその地を「浜松」と改め、遠江(現在の静岡県西部)進出へ向けて城の改修を行いました。江戸時代に入ると、譜代大名が次々に城主を入れ替わり、老中や京都所司代など多くの幕府の要職を輩出しました

しゃっちゃん
しゃっちゃん

なぜ「曳馬」から「浜松」に名前を変えたの?

イッセイ
イッセイ

「曳馬」の名が「馬を退く(引く)」から敗北を連想すると考えられたからだよ。

家康の遠江の拠点、浜松城入城

JR東海道本線の浜松駅に着きました。

駅が大きい建物になっており、町も栄えていました。駅前には浜松市マスコットキャラクターの「出世大名家康くん」モザイカルチャーがありました。

すごく大きくてよく作られているなと思いました。「家康くん」はゆるキャラグランプリ2015で優勝した全国的にも名高いキャラです。それでは、浜松城へ向かいます。

駅から遠鉄バスに乗り10分ほどで着きます。浜松城南の南広場には家康公鎧掛松がありました。

三方ヶ原の戦いで武田軍に敗れた家康は、浜松城に帰還する前、ここにあった松の大木に鎧を掛けて木陰で休んだとされています。現在の松は三代目ですが、家康のゆかりスポットになっています。

南広場を進むと、すぐ浜松城公園の本丸に入ります。本丸下段には若き日の徳川家康像がありました。

手に持っているのは、兜の前立まえだてです。家康の若い姿の像は珍しいです。

天守へ続く階段を上ると、天守門が見えます。少し急な坂でした。

坂とマッチしていてカッコいいですね。天守門は近年復元されました。天守門付近には石垣が残っていました。

面積づらづみの堅固な構えです。浜名湖北岸で産出される珪岩けいがんが石材になっています。

用語解説

野面積……切り出したままの小・中自然石をほとんど加工せず積み上げた石垣

しゃっちゃん
しゃっちゃん

この野面積が石垣の迫力を引き立てているね!

城主気分になれる天守

天守門を入ると、天守ぐるに出ます。早速、天守が間近に見えました。

圧巻の天守ですね!この復興天守は、実際の3分の2ほどの面積なため、少し小さくなっています。天守内部は、家康ゆかりの史料が多く展示されてありました。入館料は、2024年現在、大人(高校生以上)200円、中学生以下無料でした。

最上階の「情景の層」では浜松市内を一望できました。

城主気分で眺めることができ、南には駅を中心としたビル群、遠州灘を見下ろすことができました。北側は、三方原古戦場が広がっています。

現在は住宅街が広がっていますが、向こう側から武田軍が攻めてくる様子を想像できます。家康にとって苦い思い出であった戦いで、武田軍の脅威を感じられた景色です。

元城町東照宮

城を東へ下り、大通り対岸の元城町東照宮へ行きました。そこは、浜松城の前身である曳馬城があった場所です。

明治維新後に家康を祀る東照宮が創建されました。扉に徳川家の家紋があるなど、東照宮ならではの社殿です。

浜松に来たと言うことで、浜松餃子を食べました。

浜松市は、餃子購入額3年連続一位になったことがあり、多くの市民から愛されています。豚肉とキャベツなどの野菜を使った餡がジューシーで美味しかったです。

今回は、家康が勢力を伸ばすための拠点にした城に行き、家康の歴史をさらに深く知ることができました。

参考:公益財団法人 日本城郭協会,(2018),『続100名城公式ガイドブック』,学研プラス

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